お菓子を製造・販売する店を構えるにあたって具体的に考えを巡らせ始めたとき、ひとつの要件が組み上がりました。当たり前のことですが、手を抜かず食材に向き合って吟味し、丁寧に製造に取り組むこと。材料の調達については、信頼のおける生産者・業者から購入し、日々研究を欠かさないこと。そして、能うかぎり自ら栽培・収穫を行い、それを加工した材料を使って私たちにしか作れない美味しいものを届けたいということ。
これはÉgliseが掲げる、重要なテーマのひとつです。
私たちが口にする、お菓子やお酒のルーツを紐解くほどに、伝統的なお菓子はその土地で得られた食材からつくられるのが自然なことです。洋菓子と洋酒の専門店ですから、本場の材料の調達とオリジナルの姿を追求することは重要です。しかし、新しい素材でそれらを再構築するところに発見や面白さがあり、独自性はそこに顕れると信じています。
そのためには、味覚や効能、調理・加工方法以外にも、材料の生育やその過程を知ることは欠かせません。 Égliseでは、植栽にさまざまな植物を取り入れて栽培し、ハーブやスパイスの日々研究を行っています。
甘く爽やかな芳香と、きりっとしたほろ苦さ。
ローズマリーは、古代ギリシャ・ローマの時代から薬用に用いられ、人類と共にある代表的なハーブのひとつです。薬効に優れたハーブに共通するように、ローズマリーにもさまざまな逸話が生まれ、今に語り継がれています。
香りが強く長く残ること、常緑であることから「永遠の青年」になぞらえて、日本では「万年朗」と呼ばれ始めました。文政年間(1818-1829)に中国を経て渡来し、健胃・鎮痛・駆風作用などの効能をはじめ、若返りの妙薬として信頼されてきた草花です。
ローズマリー
Rosmarinus officinalis シソ科・常緑低木
和名:迷迭香、万年朗(まんねんろう)
──象意:記憶、貞節、変わらぬ愛、幸福な結婚
ヨーロッパでは古くから羊肉の調理に欠かせないハーブです。強い抗菌、抗酸化作用により、食品の鮮度を長持ちさせることから、クセのある素材の臭い消しに、またジャガイモやカブを使った料理との相性が良く、淡泊な素材の香りづけにも利用されています。
生葉の収穫は通年可能ですが、食材としての旬は5- 9月といわれます。柔らかく伸びた茎葉の先端10-15 cmを切り取って収穫します。摘み取った新鮮な生葉は、乾燥させて保存したり、オリーブ油やビネガーに漬けておけば、折々の用途で香りのアクセントを加える楽しみが生まれます。
Église で栽培を始めたローズマリーも2年目を迎え、しっかりと大地に根を張ったようです。茎も太く育ち、香りのよい生葉を一年を通して収穫できるようになりました。
■健康と美貌を取り戻す「王妃の水」
──中世ハンガリーの伝説
ローズマリーを主成分とするハンガリー水(ハンガリーウォーター)について、美意識の高い女性の皆さんは聞き及びのことかとお思います。
──14世紀、70歳を超えた高齢のハンガリー王妃エリザベートは手足のしびれ(リューマチであったとされる)に苦しんでいました。ある日、閉ざされた庭園にあらわれた博識の隠者(修道士、錬金術師、もしくは廷臣)から不思議な化粧水を献上されます。これを外用した王妃はみるみる健康と美貌とを取り戻し、隣国ポーランドの王に求婚され、ハンガリーとポーランドは一つの国になったという──。
ローズマリーは、セージとともに他のハーブに比べて際立って強い抗酸化作用を有します。ポリフェノール(ロスマリン酸)のほか、香りの元となるピネンやシネオールなどの有機化合物を含みます。こうした精油成分には、消化促進や殺菌、強壮効果があり、また抗酸化作用による美肌効果が期待されるところから、ローズマリーは俗に「若返りのハーブ」とも呼ばれています。
このお話に登場する化粧水は、ローズマリーをアルコールと共に蒸留したもので、通称で「王妃の水」ハンガリー水(ハンガリーウォーター)と呼ばれています。
ハンガリー水には、ローズマリーの有効成分や強い芳香成分が含まれており、当初は薬酒として作られたものでした。ドイツ薬草学の祖ともいわれる修道女 ヒルデガルト・フォン・ビンゲンが12世紀に発明したと伝えられるラベンダー水と並び、アルコールベースの香水の起源ともいわれています。中世ヨーロッパでは、治療薬、あるいは香水として各地で愛好され、その人気は18世紀にオーデコロンが登場するまで続きました。
ミュールハウゼンの医師で、レオポルディーナ学者アカデミー(ドイツ語圏最古の科学・医学学術団体であり、世界最古の恒久的な自然科学アカデミー)の会員であったヨハン・ゲオルグ・ホイヤー(Johann Georg Hoyer)は、王妃エリザベート自身による金文字で書かれた製造法が、ウイーン王室図書館に保存されていると述べています。これは一般によく知られた話ですが、現在は誤りであることが判ってきています。
つまり、ハンガリー水の誕生にまつわる王妃エリザベートの伝説は、ハンガリー水が広まる過程で生まれた後年の創作であろう逸話とされるのが現在の見解です。しかし、それほど古くからローズマリーの有効性が人々に認知されていた証であるともいえます。
現存する最古の製造法・使用法は、1659年にフランクフルトで発売された ジャン・プレヴォ(Jean Prevot)の小冊子に見つけられます。そのレシピは蒸留法を使って精油を抽出・精製する手のかかる贅沢なものでした。
「四回蒸留した生命の水(アルコールのこと)を三、ローズマリーの枝先と花を二とせよ。これらを密閉容器に入れ、五〇時間、微温に保ち、その後、蒸留せよ。毎週一回、朝、この一ドラム(分量)を食物か飲物に入れ、服用すること。さらに、毎朝、あなたの顔と傷んだ脚をそれで洗うこと。」
このレシピでは、一般に売られている価格ほど安く作ることはできません。現在みられるハンガリー水の多くは、ローズマリーをアルコールに浸漬したチンキか、ハンガリー水やローズマリーの精油(エッシェンシャルオイル)を、アルコールや水に少量混ぜただけのものです。
いずれにせよ、精油を使ったハンガリー水のレシピは、現代の香水や美容製品に受け継がれています。乾燥ローズマリーを95%エタノールで抽出したもの(精油は含まれない)にも、高い抗ウイルス活性と抗酸化活性が認められており、芳香消臭剤にしばしば応用されています。
ジャン・プレヴォ(Jean Prevot)の小冊子では、次のように薬効が説明されています。
──それは体力を回復させ、精神を高揚させ、膝や神経を直し、視力を元に戻し、衰えないようにし、命を長らえさせるのである──。
■ 若返りのクッキー。
──Boule de Neige “Rosemary”
古代から親しまれ、さまざまな薬効と伝説につつまれた神秘的なハーブ「ローズマリー」。寒い冬にも若々しく可憐な花を咲かせるその姿は生命力に満ちあふれています。あなたも現代によみがえるローズマリーの魔法を試してみませんか?
摘みたての生葉を細かく刻み、生地に混ぜ、ひとつひとつ丁寧に丸めて焼き上げます。しっとり、ほろほろとした食感のなかに現れる、爽やかなローズマリーの香り。
プレオープンから作り続けた、お店のシンボルのような焼き菓子「ブールドネージュ」。実は、最初に完成した焼き菓子のレシピが、ローズマリーのブールドネージュでした。ほんのりと塩味を感じるほろ苦いハーブクッキーは、コーヒーや紅茶との相性は勿論、お茶請けのお菓子にもぴったりです。
ローズマリーは Égliseを象徴する特別な存在です。ドリンクメニューのシトロンプレッセや、ジントニックのグラスに摘み取ったローズマリーの若い小枝を添えれば、甘く爽やかで個性的な香りが楽しめます。
オリジナルのスムージードリンク「スムーシャ Smoosha」の飾り付けにも、私たちはローズマリーを使用しています。メニューにはありませんが、ローズマリーの葉を加えて、濃いめに煮出した紅茶もティータイムに本当にお勧めです。
最初のレシピの決定から数年。時間を重ね、修道女たち(スタッフ)の手によって日々美味しくなっていくさまが如実に感じられます。
心も身体も元気にするローズマリー。日常の束の間、爽やかな香りに包まれてリフレッシュするだけでも美容と健康に効果があるかもしれません。次回パーティーのお持ち寄りのひと品に「若返りのクッキー」をぜひ取り入れてみてください。自信を持ってお届けできる一品です。
ブールドネージュを包む外袋は、遠いむかし中世のヨーロッパで、旅人が腰に結えつけ持ち運んだ「薬袋」のイメージから着想しました。お客さまの手の中にある姿を想いながら、ひとつひとつ丁寧に包み込んでいます。
手作りの簡素なパッケージかもしれませんが、ブールドネージュの持つ素朴で可愛らしい魅力と、Église の伝えたい物語を皆さまに届けてくれると信じています。
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